引揚者が寄贈した貴重な資料を複製
博多港は、終戦後、国内最大級の引揚港として約139万人の引揚者を受け入れました。博多港に引き揚げてきた方々から、当時の貴重な資料が福岡市に寄贈されています。かつての博多港が、引揚港として果たした歴史的役割や平和の尊さを次の世代に語り継いでいくため、その資料が福岡市市民福祉プラザ(ふくふくプラザ)1階にある『資料展「引揚港・博多」』で展示公開されています。経年劣化が進む資料を適切に保存するため、その一部を当社が複製しました。
引揚者の苦難の道のりと平和を願う気持ちを伝える
海外に移り住んだ日本人の生活
第二次世界大戦が終結するまで、多くの日本人が海外で暮らしていました。終戦後、遠い海外から日本にたどり着くことは、長い苦難の道のりでした。その当時の様子を伝える写真や紙幣、大切に持ち歩いた家財道具、過酷な状況を物語る証明書類などが大切に残されています。
引揚者への援護
博多港にたどり着いた引揚者への援護活動は、様々な団体の協力によって支えられました。
聖福寮には、引揚孤児となった子供たちが収容され生活を共にしていました。その日々の様子や引揚者の深刻な実態が残された資料に綴られています。
この資料展は、今を生きる私たちに、苦難の道のりと平和を願う気持ちを伝えてくれています。